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オナカすいたーーーーッッ!!!
周荘名物といえば「万三蹄」という豚料理!! これを食べずして周荘を語る無かれ・・・と言われた代物かどうかは知らないが、私はこの万三蹄と白いゴハンという組み合わせでどうしても食事がしたかったのだ。お店はどこに入ろうか。
女一人旅のネックとなるのが食事である。店選びに失敗するとファミリーやカップルがわいわいやる中一人寂しく食事という構図ができあがる。最近はそんなに気にならなくなってきたけれど、まあやっぱりアレですよ。明らかに一人で食べる量じゃないだろというときもあるのでね。大体中国において一人でゴハン食べてる人なんか・・・見たことないや。
とはいっても腹はへるしどうしても万三蹄×白ゴハンが食べたい。「チーファンラマ?」(ごはん食べた?)と声をかけてきたオジサンに思わず「メイチーファン」(食べてない)と言い返した。
おじさんが連れて行った店。ガラス戸をガラガラとあけると何も無い部屋の中6人がけのテーブルが3つだけ並んでいた。中央のテーブルでは家族とおぼしき老若男女が食事を楽しんでいた。私ははしっこのテーブルのはしっこの席に座った。すると中央のテーブルの女性や子供がやおら立ち上がり、なんと私のテーブルの接客をはじめた。年上の女性はオーダーを取り、子供達は紙ナプキンをくれたりお冷をくれたりした。なんだよ、この家族はここの店員なのかよ。万三蹄と白いゴハン、スープとコーラをオーダーした。万三蹄が油でべたべたになるからだろう、子供達がピンクや黄色の質の悪いカラフルなナプキンをいっぱいくれた。
オーダーを取った小姐はそのままガラス戸をガラガラと開けどこかへ行ってしまった。待つこと5分、小姐は外から料理を運んできた。ほお~調理は別の場所で行うのか。それとも他の店から買ってきているのかも。テーブルの上に皿がドンと置かれる。中華料理は出てくるのが早くていい。
中央のテーブルに座っていた女性がもう一人立った。小姐というにはちょっと年を取りすぎているおばさんだった。おばさんは身振り手振りで万三蹄の食べ方を教えてくれたのだ。写真を見るとわかるけれど、万三蹄の上の方に骨が出ている。まずこの骨を捥ぐ。骨は鋭利なナイフのような形をしていて、これを使って肉を切り分け刺して食べるのだという。なるほど~お箸いらないんだ、だからテイクアウトして外で食べられるのね~。
言われたとおりにしてみた。万三蹄は豚の太もも。皮&骨付きで皮の下はコラーゲンをタップリ含んだゼラチン質、旨みをたっぷり含んだ甘辛の肉。うま~~~~~~い!!うますぎ!!
白いゴハンに万三蹄を乗せて・・・これまたうま~~~~~い!!! ギャー幸せだーー!! 青菜と春雨のスープも旨い。皿が清潔かどうかなんてお構いなしにガツガツ食べた。
しかし・・・・ちょっと脂っこい・・・。そして・・・肉がデカい。
これは一人で食べる量じゃないんだな~~。がんばって食べたけどやっぱり完食はできずのこしてしまった。ちそうさま~!
これで多分45元くらいだったかな。やっぱりちょっと高かったな。さすが観光地。
腹ごなしにぶらぶら街を歩いた。うう~なんか喉が渇いてきたぞ。
中には初老の男性と女性が窓際に座って茶を飲んでいるだけで服務員が見当たらない。「にーはぉ~」と言ってみる。すると客だと思っていたその二人が服務員だったのだ。「イーガレン?(一人?)」と尋ねられ頷くと窓際の運河が見えるキレイなテーブルに座らせてもらった。メニューを貰う。品数は少なかった。茶が五種類ばかしあるだけだ。どれにしようか迷っていると男性が「龍井茶がオススメだ」と言ってきた。そうか、龍井か。桂林の金木犀のお茶もすばらしかったが江南の龍井茶もさぞかし旨いだろう。「ウォーヤオ チェーガ(これがいい)」と龍井茶を指差してみた。男性は頷いてカウンターに入った。
たった5日やそこらだったが、中国語でちょっとした会話をすることには抵抗がなくなっていた。たとえば買物、食事、タクシーに乗る等々が不自由なくできる。これらのことができるだけで旅はかなり楽しい。もちろんそれ以外の会話には困るが伝えようとする意志はちゃんと伝わるし相手も何とかして伝えてくれようとする。
周荘のゆったりとした運河の流れを見ながら、もっともっと中国語を勉強したいな、とつくづく思った。
急須で蒸らし急須の口から注ぐというのは、このお茶にとっては乱暴な淹れ方なのだ。地球の重力を使うことなく優しくそっと飲んでやる。そうすることでこのお茶の甘みや森林のようにすがすがしい香りが優しいまま口の中に入ってくるのだ。
う~む旨い!!
お茶菓子は甘い豆、落雁のようなもの、さつまいものパイ、サクサクしておいしいもの。でした。
お茶を飲んでぼーっとしてると主人が話しかけてきた。片言の日本語と筆談で会話をする。
日本人か?日本のどこからきた?いつまで中国にいる?周荘はどうだ?仕事は何だ?給料はいくらだ?そんなことを聞かれた。
最後に主人に「いいものがある」と言って見せられたものがあった。俳優の三田村邦彦のサインだった。ノートに「おいしかったです、ありがとう 三田村邦彦」と書いてあった。「ハオフーラ シェーシェ。」私が呟くように言うと主人は笑った。
バスに乗る時間が来た。
まるで夢の中を歩いているような、そんな気にさせる街だった。いつまでも美しく穢されることなくそこにあってほしい。そう思った。
バスの中で眠った。1時間ほどで上海についた。上海体育館から地下鉄に乗り中山公園へむかった。中山公園からホテルまで歩いた。途中のスターバックスで自分への土産を買いコーヒーを飲んだ。
明日は日本へ帰る。
もぞもぞと着替えを済ませ、昨日買っておいた饅頭とお茶で朝ごはんを済ませる。荷物をパッキングして部屋を出る。小奇麗で安い良いホテルだった。チェックアウトを済ませタクシーを呼んでもらった。その間に自販機でチョコレートやらクッキーやらを買う。小銭が欲しかったのだ。タクシーは一分と待たずにきた。タクシーを呼んでくれたベルボーイに3元渡し、ホテルを後にする。
ここからタクシーで龍陽路に向う。リニアモーターカーに乗るためだ。
30分ほどで龍陽路で到着、50元と値段は張ったが早かった。7時前なのにリニアモーターカーを待つ人でいっぱいだった。上海ではリニアモーターカーと言っても通じない。「モグレヴ」というのがここでの通り名。チケットはそんなに安くないけれど空港まで20分という速さでついてくれる。
7時ちょうどにモグレヴは出発。静かな音でふわりと舞い上がる機体。5分足らずであっというまに郊外に出た。田園風景と送電線の列を眺めながらどこまでもなだらかな大地をゆく。
同じ景色がゆく。
この景色の終点は国際空港、浦東国際空港だ。
疲弊していく毎日からふと逃れたくなって職場から北千住に向かい、そのまま日光、鬼怒川へ行く列車に飛び乗った。行くなら日光と決めていた。だけどどうしても温泉に入りたい。鬼怒川?いやいやもっとひなびた温泉がいい。日光方面のガイドブックを見ていたら川治温泉というのが目に付いた。日本の温泉ブランド、鬼怒川、草津、熱海なぞには無いひっそりとした語感に共感が湧いたのだ。さっそくガイドブックの中の一つの宿に電話をかけると木曜日なぞは宿泊客もいないのだろう、快く泊めてもらえることになった。
北千住から特急の切符を、と思ったのだが残念ながら特急の切符は全て売り切れ。仕方無いので東武日光行きの快速とそこから先の各駅停車で行くことにした。携帯の乗換案内で検索したところ、川治温泉まで3時間かかるという。新幹線で宮城の実家へ帰るより時間がかかる。
まあいいさ。
ボックス席の窓側に座り、しばらく窓の外を眺めていたのだがそのまま眠ってしまった。
時間が戻る。
今市、そして鬼怒川温泉で前と後ろの車両が切り離され、私の乗る電車は前後ろ合わせて二両という身軽な姿になって駅を出発した。ここから先は東武線ではなく会津鉄道ということになる。そうか、これに乗っていれば会津まで行けるんだ。そっちまで行ってみたい気もしたがそれこそ際限がなくなってしまう。お目当ての駅できちんと降りよう。決意が変わらないうちに車掌から川治温泉までの切符を切ってもらった。
自動改札なんか通るはずもない昔ながらの切符。旅への郷愁と後戻りできないような不安が少し入り混じる片道切符。
完璧にブログを放置していたノリコです。
ご無沙汰していたこの半年、毎月1回以上は旅行していたのにも関わらずここに何も書けなくなったんですよね~。インプットばっかりでアウトプットにつながらないというか・・ゴハン食べてるのに便秘で中々出ない(失礼)みたいな・・。
でも今月になってやーっと、また旅日記を再開しようという気になりました。
そのきっかけになったのが8月末から9月にかけて行ったオーストラリア旅行なんです。
このアジア好きの女が何故オーストラリア?? 自分でもよくわかりません。
最初はむこうに住んでいる友達に会いに行くため、という大義名分があったのですが、シドニー行きのチケットを押さえ旅行まであと一月!というときにそいつは中国へ移住してしまいました。結果一人旅とあいなったわけですが・・・これが正解だった。
地球の歩き方を書店で眺めているうちに、ケアンズに行きたくなってきた。一人で一週間もシドニーでやることもないだろう。ケアンズには山も海も豊富にあるぞ。かといって私は山にそれほど興味があるわけでも、マリンスポーツが好きというわけでもない。むしろ海や山より歴史的建造物や街並や寺社仏閣教会のほうが好きなんだ。
なのに何故だろう・・・。
ケアンズに行くしかない。
そう思った。
格安の往復航空券を買ったあとだったので、シドニー⇔ケアンズの国内線をブッキングするというのは痛い出費であった。飛行機代が高い分、ホテルは安くていい。あ、せっかくだからバックパッカーデビューしてやろうか。よし、ユースホステルに泊まろう、バックパックを買おう。
自由で身軽な旅のはじまりだ。
8月の27日から9月3日まで、オーストラリア旅行してきました。
今回利用したエアラインは大韓航空。スカイチームのマイルを溜めたかったし航空券が安かったのだ。「スホーイに撃ち落されないようにな~」という友人の悪い冗談に驚かされながらいざ出発。まずは成田からソウルの仁川空港へ。成田⇔ソウル線のパーソナルモニターはとても良い。3時間のフライトなので機内食は軽食でチョイスも無い。このへんが大韓航空ってなんかイマイチというイメージが日本人にもたれる理由のような。この路線でもビビンバ出してくれればいいのにな。
靄に煙る海岸線を滑るように飛んで仁川空港にひとまず到着。ここで4時間のトランジットがある。日ごろのたち仕事で私の足はむくみ放題、痛み放題。最初は空港内の免税店をひやかしていたのだが足の疲れはすでに限界に達していた。こんな足で、あんなバックパックかついで歩けるのかぁ?
というわけで急遽空港内のマッサージ店へ。50000ウォン(6千円くらい)とかなり高かったがいいだろう。45分間みっちりマッサージしてもらおうじゃないか。ノビタ君似のめがねのお兄さんが丹念にマッサージしてくれた。
私はここでウトウトでもできればいいな、と思っていたがなんのなんの!マッサージの激痛でうめき声まで出す始末であった。たぶん、ノビタくんはそんなに大して力を入れてマッサージしていないはず。つまり私の足がそれだけ疲れ果て、おかしなことになっているということなのだ。いや~痛かった。マッサージの後はシャワーを拝借。マッサージの効果なのか手の平までおかしな感覚があった。まるで御祓いで悪霊が体の中から必死に脱出しようとしているような、そんな感じだ。シャワーを浴びると心身&足はスッキリ。生まれ変わったような顔つきで外へ出る。おっと、そろそろ時間だ。シドニー行きの搭乗口へ。
ソウル→シドニー線は驚くほどすいていた。11時間のフライトなのに迂闊にも窓際席をとってしまったものだからちょっとブルーだったのだけど、2列シートを独り占めできた。こいつはラッキー!!
定刻でソウルを出発。機内アナウンスは当たり前だが韓国語と英語。ここからは完全アウェーだ。がんばらないとな。
機内食のビビンバは本当に美味しかった!!ワカメのスープもあつあつだったし。ゴハンがサトウのゴハンちっくで、これまた日本人の口に合うツヤツヤの粘りのあるゴハンだった。まあ、匂いがね、アジアの匂いですよね。ビーフを選択したお客さんにとっては結構キツいものがあったかもね。機内で渡されるアメニティに入っている歯ブラシセットは重宝した。ビビンバ食べた後の口がスッキリ。韓国ミュージックを聴きながらしばし就寝。
夜中に目が覚めてふと外を見ると8月なのにオリオン座が見えた。とても不思議な気持ちだった。
トンネルを抜けると、そこは雪国だった。みたいなことになるのかな。飛行機を降りると、そこは雪国だった。みたいな。まるでクリスマスの夜にベッドの中でサンタクロースを待つようにドキドキを感じる。朝になったら、冬のシドニーに着くんだ。
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いい年した女が一人で旅する方法とは!?
写真を中心に細かくご紹介しようと思います。
ちなみに風托付とは中国語で「風任せ」という意味です。